このブログの記事の目的

 言葉のコトは物事のコト[事]と関わると考えられる。言葉を読むことで心象の中に言葉で読まれた事が再現される。心象の中に話を絞れば事態の再生産である。

 現実は不安定で揺れ、変質しやすい。それに対して言葉は一度保存されると、解釈の次元では揺れるものの、書かれている言葉の並び事態は(現実に比べて比較的)保存される。つまり好きな出来事が書かれている物語は、読む度に同じ事態が起こる。もちろん絶え間なく変質する現実を分析し対処する行為自体は尊重されるべきものである。しかしだからといって、現実に対して感じる心の苦しさを無化しても良いのだろうか。時には現実とは別の事態を想像し、現実と比較し、また自身の心の安定を図ることにもそれなりの価値があるだろう。それが言語行為である物語の価値である。

 そして物語は以前の物語を資材として生産されるものである。古典文学の作品それ自体を読んで楽しむことにも魅力があることは確かであるが、同時に現在物語を造る人に対してそれらの「資材」を読みやすい形で提供することにも大きな価値がある。そこから生まれた物語が読んだ人の心を和ませるのであれば、間接的にはあるが積極的な方向で、心の平穏をもたらす方向に働くことができる。

 また同時に、言葉が相手に対する力を持ち続けるあり方について自覚することで、その力が悪い方向にも働きうることに対しても自覚的になる。短絡的ではあるが、言葉で相手を傷つけることが減れば、消極的に平和に関わることができる。

 そのように積極的にあるいは消極的に言葉が心の平穏をもたらす作用に関わることが私の望みである。

イマ(今)。イマ?

時はいま春になりぬとみ雪ふるとをき山べに霞たなびく(新古今和歌集・巻一春歌上・九)

 イマ(今)のマは時間や空間を広く表すマ(間)なのかなあと思います。しかしもしそうだとして、イマのイはなんなのでしょうか。

 そもそもイマ(今)の対義語はなんなのでしょう。時間の先と後のことを私たちは多く「過去」「未来」と言います。それはどちらも漢語で、その場合イマ(今)を表す言葉は「現在」です。それに対してイマ(今)にはそのようなセットになる言葉がすぐには思い浮かびません。

 ものの名前を表す言葉の前にイがつく例はいくつか見られます。例えばイシ(石)は、石が多くある場所のことをイソ(磯)と言うことから一見一つの言葉のように見えます。そして目の荒い砂のことをイサゴ(砂)と言うことがありますので、イサゴのイサはイシやイソと関わるように見えます。七夕のうたに出てくる「金銀砂子」のスナゴ(砂子)から考えても、スナーゴという語の分かれかたをしているように見えます。しかし砂のことをマサゴ(真砂)と言うことや、タカサゴ(高砂)と言う地名があることから考えると、サゴ(砂)という語の要素があったと見られます。するとイサゴはイーサゴという分かれかただと捉えることになります。そのように考えるとイシ(石)はイーシ、イソ(磯)はイーソという構成になっていると見られます。

 そのイが何を意味しているのかは分かりません。ただしイマ(今)のイがマ(間)という名前の前につくイであると考えるのなら、そのイは数あるマ(間)の中でも私たちにとって唯一直接触れることのできる、かけがえのなさを思わせる語の成分なのかもしれません。イキ(息)がイーキと分かれるとしたら、イキル(生)ことのイと、意味の上だけ考えると繋がるように思えます。

 「今春になった」と歌うことは和歌の定型ですが、よく考えるとその定型によりありきたりな表現にならない切実さが、イマ(今)のイにはあるのかもしれません。(後から返ってくるものではありませんから)

事態を「しかと」受け止めてみる

風まぜに雪はふりつゝしかすがに霞たなびき春はきにけり(新古今和歌集・巻第一 春歌上・よみ人しらず)

 

 「しかすがに」のシカは「然り」とか「然れども」のシカ(然)とされています。「然り」は「そのようである」、「然れども」は「そのようではあるけれども」というような意味になります。

 私たちが「しかし」と言い論旨をひっくり返すとき、そこには一度以前の言葉)(あるいは、相手の言葉」を「しか」と受け止めて、その後に別の意見を展開させるという流れになっているかと思われます。(その意味で、相手の意見を聞かずに一方的に自説を展開することは「しかし」の誤用であるように私には思われます。)

 「す」は「する」、「がに」は「するばかりに」の意でこの分の場合は「(雪が降っているが)その事実が実現しそうなしなさそうな感じで、それはそう(だが一方で)」のように解釈されていますが、特に「がに」が果たしている役割がいまいち理解できないところがあります。

 「が」は「彼が」みたいに基本的に主体とか話題の中心を示す言葉でありますけれども、「彼が‥」と言われた後しばらく黙られてしまうと、「彼に何かがあったらしい」と人は自然に思います。そのように主格を示された後、述語がないまま「に」に続くと、その間に「ばかりに」とか「ように」という意味を補って考えてしまい、「がに」が「ばかりに」と解されるのかもしれません。

 「風まぜに雪が降る」ことと「霞たなびき春が来る」ことの二つの出来事が「しかすがに」という言葉で結びつけられて一つの歌の世界を形作っています。そのように事態を取り合わせることで主観的には面白いと感じることはあり得ます。そしてそのように面白く見るためにはある出来事を「しかと」受け止める必要があるのかもしれません。

そのうち溶ける溶ける

岩間(いはま)とぢし 氷(こほり)もけさは とけそめて 苔のしたみづ 道もとむらん(新古今和歌集・巻第一・春歌上・西行法師(1118-1190))

 

 「冬の間は水が氷って岩の間を閉じる」という感覚は分かりやすそうで分かりにくい感覚であるように思われます。

 現代語では「閉じる」古い言葉ではトヅ(閉)とあるこのトについて、ト(戸)との関わりを見ようとする説があります。「人の口に戸は立てられない」という諺のイメージが近いかと思われますが、ト(戸)は閉じるために用いられるものではあります。ただし、なぜ家の外側と内側を隔てる、あるいは繋げるものをト(戸)と言うのかと考えると難しいものです。

 身体的な比喩で言えば、テ(手)は人の内側と外側を繋ぐものとしてあります。手を用いることで外側にあるもの(ペンとかキーボードとか)に作用することができるようになるからです。トル(取)などはテ(手)と関わる(「手を取る」が「頭痛が痛い」みたいな表現なのかはともかくとして)と見られますが、そのあり方をト(戸)に当てはめて良いかと言われると、よく分かりません。

 ただしト(戸)があると言うことは、物をトヅ(閉)と言うことは、あるいはトザス(閉・サスはここでは鍵をかけること)と言うことは、そこにはトホル(通)余地があると言うことでもあるのかもしれません。その意味では「心を閉ざされ」たり自室の扉を「閉ざされ」たりしていても、全くト(戸)が無い状態と比べると、少し心が楽になるような気がします。この歌のように冬に岩の間を「閉じていた」氷も溶け始めて、水は流れて行くのかもしれません。

 なお「道もとむ」のモトム(求)のモトはマタ(又)と通じ、水が別れながら流れてゆく様を思わせます。その意味で水が流れてゆくさまをよく言い得た表現であるように私には思われます。

春といえば霞、なぜ霞?

春といへば かすみにけりな きのふまで 浪間に見えし 淡路島山(新古今和歌集巻第一・春歌上・六・題しらず・俊恵法師(1113-)

 

 「春といへば」「かすむ」とあるのは歌の中で春には霞が立つものだという知識を踏まえているのだと思いますが、ハル(春)はハレル(晴)と近い音を持っているのに実際は「春といえば霞」と言うイメージが持たれているのはなんだか面白い構造をしています。スペイン語で食堂がタベルナと言うみたいな感じです。その場合はある地域で使われている語彙体系の音と意味との結びつきを別の地域に持ってきた時に意味がずれるみたいな面白みがありますけれども、ハル(春)はハル(晴)みたいなのに春と言えば霞と言うのは、あり方としてよく考えると面白いです。

ハレ(晴)の対になる言葉としてクモリ(曇)の他に古い言葉では褻(ケ)が挙げられます。ただし例としてはケコロモ(褻・ケは乙類)という形に恐らく限られ、文脈の上では普段着という意味かとされております。時代が下り平安時代の用例では晴れの日の行事に対する普通の日くらいな使われ方をしていると解されるようです。

 このケ(褻)を現代語で「五日」などというときの日時を示すカ(日)と関わらせて解する見方があります。万葉集に「朝にケに」という成句があり、「朝に夕に」の意に解されていたものを、朝の新鮮さが日(日中の時間の進行」により見慣れてしまうみたいな意味に捉え返そうとする見方だと思われます。ハレの日の反対としてのケ(褻)の日や、日頃に着る普段着としてのケコロモ(褻衣)のことを考えるとこの見方の方がしっくりします。ケガレ(穢)は特別なことではなくて、日頃生きていて当然日数の経過により生ずることなのかもしれません。生きていれば部屋が散らかるくらい当たり前のことです。

 「きのふまで 浪間に見えし 淡路島山」とあり、昨日まで波間に見えていた「淡路島山」が、「春といえば霞」という知識と合うように霞んでしまったというような内容かと思われます。

 「春になれば霞が立つ」から「春と言えば霞む」みたいに思われるのであり、「春だ」と言うことで「霞が立つ」わけでは実際はないのでしょうが、春にこの歌を読むことで実際に霞が立ったように見える、そのような言葉の性質への考え方の現れ方としての「きのふまで 浪間に見えし 淡路島山」なのかもしれませんね。

「今日だ」と宣言してみる

けふといへばもろこしまでもゆく春を都にのみと思ひけるかな(新古今和歌集・巻第一春歌上・入道前関白太上大臣、右大臣に侍りける時、百首歌よませ侍りけるに、立春の心を・皇太后宮大夫俊成)

 

 キョウ(今日)のことをケフと書いていますが、ケフは和語なのでしょうか。

 キノフ(昨日)とケフ(今日)がともにフ(日)という語の要素を持つのであれば、そのフ(日)は同じハ行のヒ(日)と交替する関係なのかもしれません。オトトヒ(一昨日)のヒもその類でしょうか。もしそうだとして、それではキノフ(昨日)のキノとかケフ(今日)のケが何を指すのかと考えると、近そうな言葉がちょっと思いつきません。個人的にはケフ(今日)という響きには蹴っ飛ばしたくなるものを感じますが、ケル(蹴)ではないのでしょう。消えてしまうケ(消)でしょうか。アス(明日)がアサ(朝)と何か関わり、更にアセル(褪)とどこか関わるのであれば、どちらにせよ時間を表す言葉は儚く消えてばかりに見えますが、これは少し悲観的な見方に過ぎるでしょうか。

 「今日」(が立春だと言えば)もろこし(中国大陸)までも行く春を(春なのに)この京都だけが春であると思ったことだなあ、という感じなのでしょうが、訳しただけでは良く分からない歌です。

 この歌の中の「今日と「言えば」」という表現が興味深いものです。誰が「言うの」でしょうか。立春だと言う宣言があることで、「春がゆく」と考えているのだとすれば、この考え方は今の考え方とは違うように思われます。今は人が見ていてもいなくても木の芽は膨らみ春は来るように思われているのではないでしょうか。言葉が物事を動かし、現実に影響を与える、少なくとも言葉の上ではそのように捉えられている例と言えば大袈裟でしょうか。

 「「宝くじが当たった」と言えば高額当選する」みたいな考え方にも見えますが、宝くじはかなりの確率で当たらないのに対し、春は毎年必ず来るものでありますので、そのような起こる可能性が高いことについて口に出すと言うことがテクニックなのかもしれません。

かきくらし なをふる里の 雪のうちに 跡こそ見えね 春はきにけり

かきくらし なをふる里の 雪のうちに 跡こそ見えね 春はきにけり(新古今和歌集 巻一 春歌上 宮内卿(生年未詳、1205ごろ夭折か)

 

 現代語で「かき消える」とか「かき消す」とかいう言い方をしますが、普通に「消える」ことや「消す」ことと何が違うでしょうか。この場合の「かく」は恐らく、「服をハンガーに掛ける」のカケル(掛)のように、幕をかけるような暗さなのかと思われます。「かき消える」の場合はマジシャンが急に布をかけるみたいに「急に消える」感じなのかと思われますが、この「かきくらし」は急に暗くなることなのか、それとも暗幕をかけたみたいにあたり一面暗くなることなのか、よく分かりません。石を引っ掻けば線ができるように、木材を木炭でひっかけば線が出来るように、突然墨を絵筆で空に書きつけたような、曇り空なのかもしれません。クラシ(暗)はクロ(黒)とは平安時代末期にはアクセントが違うとされており、黒い土を意味するクリ(涅)とむしろアクセントからは近いそうですが、カクとの取り合わせから言えばここはクロ(黒)の方が近いように思われます。

 「なを」とあるのは「春になりそうなのにまだ」という意味でしょう。「ふる里」はフル(古)と「(雪が)降る」とをかけているとされます。ただフルには「力を振るう」という意味もあり、現代語では「力を振り絞る」という言い方があります。単純な体感で言えば、「古くなったもの」は生活の中で当たり前になったもので、それを見ても心が動かないことが多いですが、何かの拍子に再びその力を発揮して真新しく見えることもあります。古くなることと力を振り絞ることは、表裏の関係にあるのかもしれません。この場合の「ふる里」は雪が降る里であり、何か真新しいものが見られなくなった里であり、冬が再び「ぶり返した」里なのかもしれません。そもそも「冬こもり 春」という言い方があるように、冬は生き物があまり活動せず内に籠る時期で、春になると力を「ふり返して」生命力を取り戻し鳥が鳴くというような関係に冬と春とはありますが、実際には春らしい日が来てまた冬が来てというように季節の揺り戻しがあるものです。この歌はもしかすると、徐々に冬の中にも春らしい日が来て、しかしまた冬が力を取り戻しなお雪が降るという、季節の微妙な間(あわい)を読んでいるのかもしれません。

 「跡こそ見えね」の跡は足跡の意味とされています。春を人に見立てて、その足跡が見えない(まだ冬に見える)というような関係と解されています。アシ(足)の裏のことをアウラ(足裏)と万葉集では言い、アシ(足)のアト(跡)でアト(足跡)となるとすれば、原義的用法といえます。後先のアト(後)は自分の歩いた後ろに出来、サキ(先)は裂けて分岐していくものなのかもしれません。ともあれここではアトが見えないので、春は未だ来ていないのかと四句目までを見ると思ってしまいます。

 しかし詠み手は「春はきにけり」(春は来たことだ)と言い切ります。作者が何を根拠に「春が来た」と詠っているのか、その根拠は分かりません。分かりませんが、とりあえず言い切ることで「春が来た」と感じる、あるいは言い切ることで春が早く来るのではないかと思う、そのような考え方なら説明がつくのではないかと思われます。とりあえず願いを口に出してみることも大切なことなのかもしれません。

マツ

山ふかみ春ともしらぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水(新古今和歌集巻第一 春歌上・三・百首歌たてまつりし時、春の歌・式子内親王1153ごろー1201)

 

 万葉集から山奥にある家の戸のことを「真木の戸」(杉や檜の類)ということがあります。「松の戸」と言う言い方は、辞書類を見る限り新しそうに見えます。

 松は「待つ」と通じます。単に音が似るからと捉えることもできますが、マツ(松)とマタ(叉)との関係がちょっと注意されます。松という植物の形は分岐して分かれていく形をしています。人を待つことも、相手が来るか来ないか、二つの未来が分岐する、その根本に立つ行為です。万葉集には「八十のちまた」で人を待つ歌が見られますが、どこか待つという行為と道が分かれることとの間に関連性が見られるような気がします。音が似るのは偶然かもしれませんが、植物の松を見て人を「待つ」ことを思った、昔の人の視線を興味深く感じます。

 この場合は「春」を待つわけで、一見人を待つよりは気楽そうに見えますが、それがどれくらい大変なことなのか、深い山の冬で春を待ってみないと分からないのかもしれません。